絶えず居場所を眩ませていた

 覚明は容易に人に逢わず、絶えず居場所を眩ませていた。時あって姿を現わす時には、十数人の侍者に周囲を守らせ、威厳をもって現われた。 そうして茅野雄に対しても、伯父甥として対しようとはしないで、一宗の祖師が一介の信者へ対するような態度で対した。 で、茅野雄はある時のこと、浪江に向かって問いを発した。「伯父様の奉じている宗教は、回々教《ふいふいきょう》でございましょうな?」 こう問うたのには訳がある。 覚明がお祈りをする時に、こう云うことを云うのであるから。「健在なれ、万福を神に祈れ、教主マホメットの感謝を神に挨拶せよ、全幅の敬意を表せよ、神は唯一にして、マホメットは教主なりと信ぜよ。信ぜよ、神は産れず、産ず、神と比較すべきもの何らあることなし」 そうしてこの言葉は回々教《ふいふいきょう》の教典、祈祷の部の中にあるのであるから。「回々教のようでございます」 こう云って浪江は寂しそうに答えた。 そういう浪江の答えぶりによって、茅野雄は浪江が信者でないことを、ハッキリ感ずることが出来た。 で、茅野雄は尚も訊いた。「どういう機会から飛騨の山中の、こんな寂しい物恐ろしい、丹生川平というような所へ、伯父様はおいでなされたのでござろう?」「妾にも解らないのでございますよ。ある日父上にはこう仰言《おっしゃ》って、無理矢理に一家を引きまとめてこの土地へ参ったまででございます。『素晴らしい物を手に入れた。江戸にいては危険である。山中へ行って守ることにしよう』……」「しかしわずかに五年ばかりの間にこのような建物を押し立てたり、このように信者を集めたり、よく行《し》たものでございますな」

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