別天地

 四方を森林に囲まれているので、丹生川平《にゅうがわだいら》は丘の上にあったが、極めて陰気に眺められた。 切り株に腰をかけながら、話している若い男女があった。「あなたには大分変わられましたな。昔より陰気になられたようで」「……でもあなたがおいでくださいまして、陽気になりましてございます。……あなた、お体はよろしいので?」「いずれも微傷《うすで》ゆえ大丈夫でござる。……が、あのような経験は、拙者、一度で充分でござる」「何と申し上げてよろしいやら」「みんな弦四郎めが悪いので」 二人は茅野雄《ちのお》と浪江《なみえ》とであった。 と、背後《うしろ》から声がした。「まあそう拙者を憎まないがよろしい。……大した悪人でもありませぬからな」

別天地

 丹生川平という別天地に、宮川茅野雄と醍醐《だいご》弦四郎とが、一緒に住居をしているとは、ちょっと不思議と云わなければならない。 考えて見れば不思議ではなかった。 茅野雄は丹生川平の長の、宮川覚明の甥であって、覚明の娘の浪江によって、招かれている人物であった。で、弦四郎や、丹生川平の、郷民達に襲われて、その幾人かを切って捨て、馬を奪って大森林を駈け抜け、丹生川平に辿りつくや、覚明をはじめ浪江によって、歓迎をされ無事を祝された。郷民を切ったことなども、間違いの結果であったので、郷民の方でも怨みとは思わず、かえって気の毒がり同情した。 で、茅野雄は無事であった。 弦四郎の方はどうかというに、彼の図々《ずうずう》しさと機智とによって、丹生川平の別天地に、依然として住居することが出来た。「ははあさようでございましたか。宮川氏には丹生川平の長の、覚明殿の甥でござったか。とんと某《それがし》存じませんでしてな、丹生川平には敵にあたる、白河戸郷の長の娘の、小枝《さえだ》を某奪い取り、丹生川平へ参ろうとした時、宮川氏が邪魔されたので、これはてっきり[#「てっきり」に傍点]宮川氏は、白河戸郷の味方の者と思い、それで某お敵対をいたし、丹生川平の人々へも、宮川氏を討ち取るよう、差図《さしず》をいたした次第でござる。それにしてもあの時は残念でござった。白河戸郷の郷民達に、半ば奪い取った小枝という娘を、奪い返されてしまいましたのでな」 これが弦四郎の弁解であった。

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