美しさも神聖さも完全にある

 間髪を入れず風を切って、物を投げる音がヒューッとした。 しかし、続いて清浄と威厳と、神々《こうごう》しさを備えたような声が、どこからともなく聞こえてきた。「物は完全に保つがよい! 美しさも神聖さも完全にある! ……碩寿翁、碩寿翁、物をこぼつな!」 この時碩寿翁は刀を抜いて、部屋の一所に立っていたが、その眼は細く開けられている、襖の一方に注がれていた。見れば襖の縁の辺りに、碩寿翁が投げたらしいメスが一本、鋭く光って立っていた。「…………」 無言で碩寿翁は眼を返したが、反対側の襖を睨んだ。清浄で威厳のある神々しい声が、その襖の奥の方から、碩寿翁へ聞こえてきたのである。「恐ろしいことだ! 恐ろしいことだ!」 碩寿翁はワナワナと顫え出した。「今のお声はあのお方のお声だ!」(しかしどうしてあのお方が?) で、碩寿翁はヒョロヒョロと歩いて、襖の方へ寄って行ったが、恐る恐る襖を引きあけた。 空虚! 闇! 人の姿はなかった。「二組の人間に狙われている! 俺は一体どうしたらいいのだ!」 また佇《たたず》んだ碩寿翁の、足もとに置かれてある小箱から、何と美しく何と高貴な、光が放たれていることか!

 その翌日のことであった。四挺の駕籠が前後して、柏屋の門口からかき[#「かき」に傍点]出され、高山の方へ進んで行った。

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