何となく俺には恐ろしい

「何となく俺には恐ろしい。碩寿翁様が相手だからな」「と云ってうっちゃっては置かれないよ。……ここまで尾行《つけ》て来た甲斐《かい》だってないよ」「それにしてもどういうお考えから、碩寿翁様には飛騨などという、こんな山国へ来られたのだろう?」「私達には関係《かかわり》はないよ。……襖をあけて覗いてごらんよ」 ここの部屋には燈火《ともしび》がなかった。 で、二人の男と女の、姿を見ることが出来なかった。 が、もし燈火があったならば、囁き合っている男と女が、夕暮時に柏屋の門《かど》へ、二挺の駕籠を並べてつけ、揃って奥へ通って行った、老人と若い美しい、女とであることが見て取れたであろう。 しかしそれにしても碩寿翁が、さっき方この部屋を覗いた時には、客がなかったはずである。 それだのに今は二人もいる。 これはどうしたことなのであろう? 思うに二人の男と女は、どこか別の部屋にいたのであったが、この時その部屋から忍び出て、この部屋へ潜入したのであろう。 と、この部屋へ一筋の、細い明るい光の縞が出来た。 男が襖をあけたので、隣りの部屋の行燈の火が、隙間から射して来たのであった。「あッ」と、云う声が突然に起こった。「大変だ! 割りおる! 二つに割りおる!」 つづいてこう云う声がした。「汝《おのれ》! 無礼! 覗きおったな!」

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