物語少しく後へ戻る

 物語少しく後へ戻る。 飛騨の萩村は街道筋における、相当に賑やかな駅《うまやじ》であって、旅籠《はたご》屋などにもよいものがあった。 宮川茅野雄が難を受け、森林の中へ姿を没した、ちょうどその日のことであったが、この萩村の四挺の駕籠が、旅人を乗せて入り込んで来た。 夕暮のことであったので、旅籠屋の門口《かどぐち》では出女《でおんな》などが、大声で旅人を呼んでいた。 その一軒の柏屋《かしわや》というのへ、一挺の駕籠が入って行った。 駕籠から現われたのは若い武士であったが、高貴の身分のお方らしく、云われぬ威厳を持っていた。 で、丁寧にあつかわれて、奥まった部屋へ通って行った。 その武士の乗っていた駕籠の後から、もう一挺の駕籠がついて来たが、これは柏屋の前を過ぎて、先の方へ向かって進んで行った。 が、どうしたのか不意に止まると、ユルユルと後へ引っ返して、柏屋の門口で止まってしまった。 と、その中から客が出たが、それは威厳のある老武士であった。 そうしてこの武士も丁寧に、下女に奥の間へ案内されて、姿を消してしまった時、二挺の駕籠が肩を揃えて、同じ柏屋の門口へ止まった。 一挺の駕籠から現われたのは、身分に見当の附かないような、小気味の悪い老人であったが、もう一挺の駕籠から現われたのは、美しい若い女であった。 この二人はどうやら連れと見えて、二言三言囁いたかと思うと、打ち揃って奥の部屋へ通って行った。 その後でも幾組か泊まり客があったが、特に目立つような客はなかった。 全く日が暮れて夜となった。

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